物語

2007年11月12日 (月)

分福茶釜 (6)

茂一は茶釜を運んでいた。それはとても大きく、大量の水を沸かすことも可能でしょう。茂一はひたすら、冬も近い季節に似合わぬ日焼け顔を汗で濡らしながら、運んでいた。茶釜といえば、当たり前のようにおとなしく、身動き一つもしなかった。当たり前のように。

茂林寺に着くまでに茂一は何度も休憩を取った。季節に似合わぬ日焼けをした茂一の顔は大量の汗で滲んでいた。その姿を見た人間は季節を疑ったであろう。休憩をしている時に茂一は茶釜に「大丈夫か。」と何度も聞いていた、そう言われると毎度、茶釜は静かに縦に揺れた。「そうかそうか。」と、茂一は軽く頷くと、陽射しで熱くなった茶釜を担ぎ、寺を目指し歩き続けた。

昼前に出発した茂一たちは、茂林寺に着く頃には汗も乾く夕方になっていた。寺に着くと、茂一は小僧に「和尚に会いたいのだが。」と、茶釜を地面に下ろした。「ただいま。」と、小僧は小走りに和尚を呼びに言った。小僧の姿が見えなくなると、茂一はふぅと肩から息をし、汗を拭った。

少しの時間もかからずに和尚はやって来た。どうやら、茶釜の姿を目にしたのでしょうか、顔は微笑んでいるかのようでした。

「用件はその・・・。」と、和尚は茶釜に目をやった。

「ええ。引き取っていただけますか。」

「引き取りますとも。引き取りますとも。ありがとうございます。」と、和尚は深々と礼をし、茶釜を手に取った。

茂一は手を合わせ、何かを要求するのがさぞ恥ずかしそうに、手を何度もさすった。その姿に何かを察した和尚は小僧に何やら耳打ちをすると、またもや小僧は小走りでどこかに行ってしまった。しばらくすると、小僧は何かでいっぱいになった袋を持って、小走りに戻ってくると和尚にそれを渡し、さらにそれは和尚から茂一へと渡った。

袋の中身を確認した茂一はにやりと軽く笑い、足早に寺を後にした。その帰っていく姿は寺を訪れる時とは違い、とても寒そうに帰っていった。それはそれはとても寒そうに。

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2007年10月 7日 (日)

分福茶釜 (5)

狸は目を覚ますと、夜はまだ明けておらず、空気はどんよりと静かで冷たくもありました。茂一は囲炉裏の近くで布団に丸まり、まだ寝ておりました。囲炉裏の中の薪は力なく燃えており、茂一はいかにも寒そうに何度も布団の中に潜り込み、寝返りとは言えぬ寝返りをしておりました。そんな姿を見た狸は器用に薪をくわえて、囲炉裏の中に放り投げました。火は息を吹き返したかのように燃えだすと、狸は囲炉裏のそばに座り、静かにその様子を見ておりました。空気が段々と温まってくると、先ほどまで布団に丸まって寝ていた茂一は力の入れ方を忘れたかのようにすやすやと眠り始めました。

狸はいつでも逃げる事が出来る状況であるにもかかわらず、逃げようとしませんでした。むしろ、このままずっと居たいと思うほどでした。人間との関わりを絶っていた狸は人間の優しさに触れ、少なからず考えが変わったのでしょう。

しかし、狸が思っているように事は運びませんでした。太陽が午の時刻を指す頃に茂一はもそもそと起き上がり、飯の仕度をし始めました。茂一は飯の仕度をしながらまるで思い出したかのように「茶釜の話」をし始めてました。

話はこうです。和尚は大きな茶釜を欲しがっていて、それの為なら和尚は大金を出す。狸が大きな茶釜に変化し寺に行きさえすれば、茂一はお金を手にする事ができると。その話をした後、茂一は狸をおもむろに見つめ「できるか。」と聞きました。狸は小さく頷き「仰せの通りに。」とだけ言いました。気のせいか狸の目頭は少し濡れているかのようでした。「良し。」茂一はそう言うと、にやにやと薄ら笑いをしながら、再び飯の仕度に取り掛かりました。狸の様子など見ることも無く。

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2007年10月 2日 (火)

分福茶釜 (4)

狸は茂一と一緒に居ることが次第に心地良く思うようになっていた。狸はずっと孤独な生活をし、人間を恐れていたのですが、自分が殺されない事が分かると、あたかも自分が新しい境地に一歩踏み出したかのようで何とも言えない興奮が狸自身を心地良くさせたのでしょう。

茂一は料理したものを器二つに取り分け、狸に食べる様に勧めました。勧められたと同時に狸は思いのほか自分の腹が空いている事に気づき、笑顔で頷きました。狸がいつものように貪りながら食べていると、茂一は「行儀良く食べないと狸鍋にするぞ。」と微笑みながら言いました。狸は『狸鍋』という言葉に鋭く反応したのか少し驚いた表情をしたのですが、茂一の笑顔で恐怖感というものはすぐに払拭されたかのようでした。しかし、狸はまるで父の言いつけを守るように行儀良く食べました。いや、行儀良くというより行儀良さそうに食べました。口で直接食べるのでは無く、器用に前足を使い、口に運びました。それは爪で引っ掛けたのかどうかは分からないのですが、我々人間から見ると、狸はとても行儀良く見えたのです。

狸はご飯を食べ終わる、だんだんと眠気が襲ってきました。狸は元々夜行性の動物なのですが、色々なことが起こったので相当疲れていたのでしょう。狸は気づけば寝てしまいました。

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2007年9月30日 (日)

分福茶釜 (3)

茂一は狸を引き連れ家に帰る途中、村人たちがこんな会話をしているのを耳にした。

「青竜山にある茂林寺の和尚は物好きでの。大きな大きな茶釜を探しとるそうじゃ。」

「そうか。またそれはなして茶釜なんじゃ?」

「おうおう。それはの。なんでも寺の小僧たちが近頃増えおって、茶を飲むには寺にある茶釜ではてんで足りんそうじゃ。での、大きければ大きいほど金は出すと言ったそうじゃ。」

「それはそれは。小僧らのために茶釜を探しとるとは、なんとええ和尚じゃ。」

茂一は彼のみすぼらしい家に着くとあたりはもう暗闇に包まれていた。茂一は家の中に入ると、狸の縄を解いてやり、囲炉裏の中にある火種に大割りにした薪を放り込んだ。先ほどまで息を切らしているような音を出していた火種は薪に火を移し、まるで生き返ったようにたちまちぼうぼうと燃え始めた。茂一は手馴れたように火箸で積み重なった薪を平らにし、火を抑え、天井から吊りさげられた鉤を用いて鍋を吊り下げた。鍋の中にはすでに水が入れてあり、鍋が揺れた拍子に水が僅かにこぼれ、水は燃え盛る薪に当たりじゅうと音をたてた。茂一は鍋の中に芋や近くで取れた山菜を入れると座り込み、火箸で丁寧に火の加減を調節した。茂一は時々薄ら笑いをしてみせたが、火に照らされたその顔は何かと不気味ではあった。それがもし不気味でなかったにせよ、その表情は少なくとも狸には生きた心地をさせなかっただろう。

狸はしばらく、ぐつぐつ煮えたぎる鍋の様子をずっと見つめていた。すると、弓矢のように走り出し、鍋の中に飛び込もうとした。それを見た茂一は慌てて狸を取り押さえた。

「手前は死ぬ覚悟が出来て御座います故、どうか手前を早く殺して下さい。」

「待て待て。殺すつもりはさらさらない。狸鍋にでもなると思うたか。」

ばたばたと、もがいていた狸は次第に落ち着きを取り戻すと、茂一はまた定位置に戻り、また同じように火の様子をうかがっていた。狸はもぞもぞと情けなさそうに座ると、茂一は馬鹿笑いをしはじめた。狸はそれを横目で見ながら、より小さくなってとみせると、それはまた随分情けなさそうになった。そんな狸ではあったが、どうやら狸の表情は安堵しているかのようだった。時折、茂一は思い出したかのように笑ったが、狸も同じように、それはどこか恥ずかしそうではあるが、笑ってみせた。

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2007年9月29日 (土)

父 (2)

父と私が最後に会話したのは私の誕生日から1週間ほど経った春の日であった。私の家の近くに小学校があったのだが、その日はそこの桜がとても綺麗だったことは今でも鮮明に目に焼きついている。

母方の叔父は腹膜透析患者であり、仕事が出来る体ではなく、祖父母の家で養生していた。その叔父が私の誕生日前後に病状が悪化し、急遽入院し、手術することが決まった。その時、父から珍しく電話がかかって来た。父は「今、家の近くにいるが、家に行きづらいので小学校の近くまで来てくれないか。」と私に言った。私は急いで靴を履き、全速力で小学校まで走った。

父は小学校前に車を停車させ、私を待っていた。父の磨き上げられた黒い車には桜の花びらが沢山付いていた。それを見た私は父がこの場所で家に行こうかどうかをかなり悩んでいたのだろうと悟った。父は私が近くにやってきたのを確認すると、ドア開け、車から降りた。久しぶりに見た父の顔は痩せ細っており、髪も寝起きのように整えられておらず、無精髭を生やしていた。私の知る父はいつも身なりには気を使っていた。父は髪は必ず整え、髭を剃り、風呂の湯にはユーカリの香油を入れる程だった。そんな父が髪を乱し、無精髭が生えている姿をしていることが、私にとって非常に辛かった。

父は後部座席からバックを取り、三百万ほどの金を私に手渡した。「叔父さんの手術の足しにでもしてくれ。」父はそう言うと足早に帰ろうとした。私は何も言わず、父の背広を掴み、離さなかった。いや、離したくなかった。父は振り向き、私の頭に手を乗せ「聡。強くなれよ。」と言い、頭を軽く二回ほど叩いた。私は涙を目にとどめる事はもう不可能になっていた。それを見た父は私を抱き寄せ「すまん。」と一言かけた。それから父はそっと私から離れると、車のエンジンをかけ、走り去っていった。私は桜の花びらが舞い落ちる中、立ち尽くした。そして、涙はより勢いを増しながら流れ落ちた。皮肉にもその時の桜はいつもより綺麗だった。

この日を境に父からの連絡はまったく来なくなった。私は父を恨んだ。しかし、年月が経つにつれ、私は父の記憶が薄れていくのを感じた。そして、恨みも薄くなってた。私は自己防衛的に父を忘れようとしたのかもしれない。が、『父と別れた日』の記憶だけが鮮明になっていくような気がする。

終わり

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2007年9月28日 (金)

父 (1)

私は心底、父という人間、存在を憎いと思っていた事は間違いないだろう。

私が幼少の頃は父の事が大好きだった。私の父は漁師町出身という事もあり、肌の色が黒く、体躯は筋肉質で太かった。そして、父は優しかった。幼少の頃の私は非常に肌の色が白く、病弱であった。なので、たくましい父の体を見て育った私は、いつか父のような人間になりたいと何度も思ったものだ。

そんな良い父が変わり始めたのは、父の経営していた旅行代理店が軌道に乗り出してからだろう。会社は見る見るうちに大きくなり、昔は私の実家の横に10帖程度の事務所を構えているだけの会社が、いつの間にか繁華街の駅前にビルを建てるぐらいに成長した。父は大金を持つようになってから、母に暴力を振るうようになった。

私と次兄が夏休みに親戚の家に遊びに行った時、長兄は実家で受験勉強をしていた。その時、長兄は真夜中に母が父に首を絞められているところ目撃し、止めたと言っていた。母はそのおかげで命が助かったのは言うまでも無い。私の母は元々精神的に弱い人間であったが、さすがにこの当時は毎日のように母は泣いていた。

この事件から父は次第に家に帰って来なくなった。父が家に帰って来なくなってから私は父と母は離婚することを予感していた。振り返ると、私がそれを予感することはもはや必然だったように思える。しかし、私は両親の離婚を断固反対した。長兄と次兄は二人とも分別がわかる人間だったのだろう、彼らの心中は知らないが彼らは反対をしなかった。私は父をどうしても家に帰ってくるように、当時では非常に珍しかった携帯電話を父は持っていたので、私は毎日のように電話をして「今日、帰ってくる?」と何度も聞いたものだ。今思うと、この時の私は非常に辛かったが、父の方が辛かったのかもしれない。

私が父を父として最後に見たのは12歳を迎えてすぐの事だった。

その当時、母は仕事の都合で大阪と中国に行く機会が多く、実家には我々三兄弟で生活していた。食事の時は祖父母にお世話になっていたが、我々三兄弟は煮物ばかりの食事に不平不満を漏らしてばかりであった。その事で腹を立てた祖母は我々三兄弟の食事を用意しないようになった。困った我々は自分たちで作ろうとしたが、結局力の弱い私はいつも夕食を無理やりに作られていた。しかし、私は料理することは嫌いではなかったので、苦にならなかった。

私は父がよく作ってくれた「肉炒め、そして野菜炒め」と言う料理が大好きだった。ただ肉と玉葱と人参を、塩と胡椒を多めにして炒めるだけの料理なのだが、父はその料理を「野菜炒め」と呼んでいた。が、私は「肉があったら、野菜炒めとちゃうわ。」と文句をいったので、父は微笑みながら「『肉炒め、そして野菜炒め』ならええか?」と言った。私はその笑顔を思い出すかのように、そして父が帰ってくる事を願いながら、私は「肉炒め、そして野菜炒め」を毎日のように作った。しかし、父は帰って来なかった。そして、両親は離婚した。

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2007年9月26日 (水)

turn back (10)

外に出ると管弦楽器がそよ風のように心地よい音楽を奏で、僕の心はどこか幸福な感情で満たされるようであった。音楽のリズムが僕の歩調を軽やかにし、僕は鼓笛隊の前を堂々と歩く指揮者ように街の往来をさっそうと歩いた。しばらく歩くとパリニルと立ち寄った店がさまざまな色の煙が立ち上っていた。どうやら今日は忙しいらしく、青髭の店員はあわただしく動き回っていた。その光景がどうも僕には可笑しく思えたので、しばらく様子を眺めていた。すると、青髭の店員は僕に気づき、こっちにおいでと手招きをしてみせた。

「こんにちわ」僕は軽く会釈をすると、青髭の店員は同じ様に軽く会釈をした。

「こんにちわ。パリニルさんと一緒にいたお連れの方ですね。どうぞこちらでゆっくりしていって下さい。」

青髭の店員はそう言うと、僕は特に断る理由が無かったので「お願いします。」と言った。すると、青髭の店員は空いている席の方に手を伸ばし、僕を案内してくれた。

「ご注文はどうなさいますか?」と聞かれので、僕は慌てながら近くにあったメニューを広げ、『今週のオススメ 南国果実』が目に付いたので、それを注文した。

青髭の店員は「かしこまりました。」と言い、水の入った丸い瓶を取りに行った。僕はそれを見て煙玉を注文したことが分かると、少し憂鬱な気分になった。パリニルは煙玉が好んで吸っていたが、タバコが苦手な僕はどうもタバコを吸っているみたいだったので、好きになれそうにも無かった。

青髭の店員はテーブルにそれを置き、前と同じように白い玉を瓶の中の入れた。瓶の中はあっという間に橙色の煙で充満し、青髭の店員は金属のストローを手馴れたように突き刺すと、ストローからは少しずつ煙が漏れ出した。そして、青髭の店員は「どうぞ。」と言って持ち場に戻っていった。

僕は煙玉を吸う気になれなかったので、そのまま放っておいた。

「吸わないなんて、勿体無いじゃないか。」

後ろから何者かが僕に話しかけてきた。僕は後ろを振り返るとそこには、こちらの世界には似つかわしくない黒で統一された服装の男が僕の方を見ていた。黒のシルクハットと黒の長いコートが不気味な雰囲気を醸し出していた。

「どうも。」その男は軽くシルクハットを持ち上げ、僕に軽く会釈した。

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2007年9月25日 (火)

分福茶釜 (2)

紅葉が地面を覆いつくし、もう幾日もすれば雪でも降ろうとしているこの季節、ある青年は山道を歩いておりました。青年の名は茂一と言い、彼は古鉄を売ることで生計を立てておりました。彼は土地を持っておらず、決して裕福な暮らしをしているわけではありません。この季節になると冬眠の準備をした、丸々と脂肪を蓄えた野生の動物を料理することが唯一彼の楽しみでありました。

紅葉の葉は高くなった空の光に照らされて、綺麗な朱色に染められておりました。その光景は太陽の光で明るくなっているのか、紅葉たちによって明るくなっているのか分からないほどでした。しかし、そんな中で茂一は紅葉に目もくれず、仕掛けた罠に野生動物でもかかってないかと必死で探しておりました。するとそこには狸が罠にかかっているではありませんか。しめしめと茂一は狸に歩み寄りました。

「この狸を味噌で炊いたら、さぞ旨かろう。」茂一はそう呟きながら、狸の後ろ足に噛み付いた罠を外そうとしました。罠を外そうと狸に触れた瞬間、さすが野生の狸と言うべきでしょうか、狸は目を覚まし、逃げようと暴れだしたのです。しかし、逃げようと暴れれば暴れるほど狸に噛み付いた罠はきつく締まり、狸は声にならぬ声を発しておりました。

それに驚いた茂一は尻餅をつき、立ち上がると「畜生の分際でまだ生きようと言うのか。」と叫びました。すると、狸は暴れるの止めて、こう言いました。

「手前は畜生で御座いますが、まだ死にとう御座いません。」

茂一は狸が喋りだしたので、細い目を丸くし、顎を緩めながら狸に話しかけました。

「お前は人の言葉を操ることができるのか。まさか、物の怪ではあるまいな。」

「いえ、手前は狸の中でも化けることの出来る狸で御座います。それ故に言葉を操ることは容易いもので御座います。」

「そうか。では、犬でも化けてみせることが出来たならば、生かすことも考えてやろう。」

狸は小さく頷くと飛び上がりました。すると、霧のような白い煙が狸の体を覆い隠しました。煙が晴れると狸は犬に変わっているではありませんか。

茂一は口を開いたまま、しばらく驚きを隠すことは出来ませんでした。そして、「これは幾分か金を稼げるやもしれぬぞ。」と思い、狸にこう言いました。

「俺の指図を聞くことを条件に生かしてやろう。もしも、それが嫌であれば狸鍋にでもなるのだな。」

「いいえ、手前はまだ死にとう御座いません故、どんな指図でも受ける次第で御座います。」

茂一は「よし。」と言いながら、動物を捕らえるために用意していた縄で、犬に化けている狸の首をつなぎ、罠から開放させてあげました。そして、茂一は自分の家へ狸を連れて帰りました。

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2007年9月22日 (土)

分福茶釜 (1)

むかし、むかし、それは大むかし。ある人里離れた山奥に一匹の狸がおりました。その狸は何にでも化けることが出来る特技を持っておりました。

狸が化けるとはよくある話ではありますが、遡る事、鎌倉時代に、あの『かちかち山』で有名な凶悪な狸が、家事を手伝うと老婆を騙し、その後殴り殺し、それだけではなくその凶悪な狸は老婆に化け、老人に老婆の肉を煮た料理を「狸汁」と偽り食べさせた事から、狸は人間から忌み嫌われ、化けることの出来る狸はこの時にほとんど殺されてしまいました。

この物語の狸はその中でも生き残った、若しくは最後の一匹だったかもしれません。その狸は小さき時から「人間に捕まれば、殺される。」、「人間とは悪魔の化身なり」などと親から教えられていたので、人間の住む場所には決して近づく事はありませんでした。

人間たちは己らの欲によって、木をなぎ倒し、自然破壊を繰り返していたので、狸の住む事が可能な土地は極々僅かとなってしまいました。それでも狸は人間に見つからないように努力をしておりましたが、年々山にある食料が少なくなっていましたので、狸はとても腹を空かしておりました。

そんな時に狸の大好物である柿が一つ地面に落ちているではありませんか。狸は柿を見るや否や一目散に走り出し、その柿をくわえました。すると、鋭い歯の形をした罠が狸に襲いかかりました。その鋭い歯状の、鉄でできた入れ歯のような罠が狸の左足首に喰らいつきました。狸からはおびただしい血液が噴出し、激痛のあまり、狸は気絶してしまいました。

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2007年9月20日 (木)

turn back (9)

「シロー。その問いに俺は答えることができない。それはお前はあまりにも特殊すぎるからだ。安易に言葉で説明できるものではないんだ。ただ、お前はすぐに生まれ変わることはない。生きながら死んでいて、死にながら生きている。それは分かるな?」

「はい。なんとなくですが、分かります。死んでいるのにこんなに意識があるとは思いませんでした。」

「そう。普通の人間は死んでしまうと、あっという間に生まれ変わってしまう。意識があってもほんの数分だろう。しかし、お前はまだ意識を持っている。死にながらも自由なんだ。」

マダラは話す言葉は乱暴だが、どこか真実味を帯びていた。彼は真剣に話し過ぎたのか、額からはおびただしい汗がにじみ出ていた。あまりにも汗を流していたので、絵から飛び出してくるかのようだった。彼は少し疲れた顔してこう言った。

「少し喋りすぎたようだ。少し休ましてくれ。」

彼はそう言うと、絵から姿を消してしまった。彼の居ない絵はどこか寂しげな風景画だけになっていた。

僕は静かにソファーに座り、マダラの言った“死にながら自由”という言葉を何度も僕は反芻した。僕が生きている時は意識があっただろう。しかし、それは果たして“自由”だったのだろうか。そこに“自由”はあったのだろうか。

僕の家は裕福でないにしても、貧しくはなかった。生きていた中で食べるものにも困ったことも無かったし、欲しいものは親が買い与えてくれた。僕が望めば、なんでもできただろう。しかし、そこには“自由”は無かったと思う。なぜなら、僕の心は常に満たされていなかった。ただ、そんな気がする。

僕は長い間“自由”について考えたが、そこに結論はなかった。考えれば考えるほど僕は混乱した。なので、僕はパリニルはなかなか帰ってくる気配がないので、気晴らしに散歩でもしようと外に出た。

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2007年9月19日 (水)

turn back (8)

僕はかなりの時間寝ていたのだろう。しかし、パリニルは家にまだ帰ってなく、外の景色も何も変わっていなかった。こちらの世界は昼も夜もないのだろうか。それとも、僕があまり寝ていなかったのだろうか。何がなんだかわかなくなってきてしまったので、僕はこちらの世界の事はあまり考えない事が一番だと思った。

パリニルを待っている間、あまりにも暇だったので、何か暇つぶしが出来そうなものがないかと家の中を探してみた。パリニルの家はソファーやベッドやテーブルが整然と並べてあるのだが、本やテレビなどの暇つぶしの出来そうなものが一切無かった。僕は暇つぶしが出来ないのがわかると、溜め息をつきながらソファーに戻った。

「溜め息なんかして、どうしたんだい?」

どこからともなく声が聞こえ、家の中を見渡すと変わった様子もなく、人影もなかった。

「おいおい。俺が声をかけてやってんだ。返事ぐらいしろよ。」

「誰?」僕は辺りを見渡しながら言った。

「誰だって?お前の目の前にいるじゃないか。」

喋ってきたのはなんと、壁に掛けられていた人物画だった。彼は髭を生やし、少し肥えた中年のおじさんだった。

「パリニルの野郎め!俺を紹介もせず出て行きやがって!お前もすぐに寝ちまうし!ところでなんて名前だ。」

「シローです。」

「シローか。良い名前だ。なんと言っても頭が良さそうだ。俺とは違ってね。俺はマダラだ。よろしくな。」

そう言いながら、手をこちらに差し伸べたが絵から手が出てくることはなかった。恥ずかしそうにマダラはまるで手に付いたほこりを振り払うように、手をはたいた。

「シロー。お前は人間だよな?」マダラは鼻をひくひくさせながら尋ねた。

「ええ、そうです。匂いでわかるのですか?」

「まあな。俺は絵の中に居るけれども、鼻だけは良いんだ。実はお前がこの世界に来たのに気づいたのはこの俺なんだ。それを俺がパリニルの野郎に伝えたのさ。あいつは人当たりも良さそうだし、なんといっても一番人間っぽいからな。」

「人間がこの世界に来るのは珍しいことなんですか?」

「そういうわけではないんだ。お前のような人間が来るのが珍しいんだ。生きている期間から抜け出して死んでしまうなんてよ。お前ぐらいだぜ。病気にせよ、事故にせよ、自殺にせよ、他殺にせよ、みんな死ぬ時期に死ぬんだ。お前が死ぬ時期なんて、うんと先だ。その話は聞いたよな?」

「ええ、聞きました。死ぬ時期とはみんな決まっているんですか?決まっているのなら、なんで僕は決められた時期に死なずにこの世界にやってきてしまったのですか?」

「それは難しい質問だ。」マダラは考えるかのように少し沈黙し、再び喋りだした。

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2007年9月14日 (金)

turn back (7)

パリニルは仕事があるからと言い、僕はパリニルの家に案内された。

パリニルの家は街からはかなり近く、形は丸い形をしていた。

この「街」という世界は丸いもので構成されているような気がした。

パリニルの家の中は隅々まで整理整頓されており、清潔感溢れる感じだった。

「好きにくつろいでいて下さい。外に出かけてもいいですし。」

「ありがとう。好きにさせてもらうよ。」

パリニルはニコリと微笑むと外に出て行った。

僕は近くにあったソファーに寝転がり、外から聴こえてくる音楽に耳を傾けていた。

こちらの音楽は一風変わっていた。

その音楽はどこかで聴いたことのあるようなとても優しい音で構成されており、聴いているととても心地が良かった。

その心地の良い音楽をずっと聴いていると、軽やかに眠気が舞い込んできた。

僕はその眠気に逆らうこともなく、深い眠りに入った。

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2007年9月13日 (木)

turn back (6)

パリニルは空中に息を吹きかけると、そこに一つのドアが現れた。

ドアを開くとそこには初めて目の当たりする光景が広がっていた。

様々な大きさの球体が重なり合ったビルディングのような建物が整然と並べられていて、あちらこちらで楽器の音がなっている。

しかし、楽器の形は見たことが無いものが多く、それがどのような音を出すかは全然解らなかった。

「あそこで休みませんか。」

パリニルはカフェのような店を指差すと僕の顔を窺った。

「いいよ。綺麗な店だね。」

僕はそう答えるとパリニルはニコリと微笑み、僕をその店に案内してくれた。

店に着くと青い髭のした店員らしき人が僕たちを席へと案内してくれた。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「煙玉を二つ。」

「かしこまりました。香りの方はいかがなさいますか?」

「蜜と伽羅を」

「かしこまりました。」

青髭の店員はそう言うと、水らしき物が入った、丸い形のガラス瓶を二つ持ってきた。

青髭の店員はそれをテーブルに置くと、白い玉をそれぞれに一つずつガラス瓶に入れた。

すると、片方のガラス瓶の液体は黄金色に変わり、液体からモクモクと煙が出始めた。

もう片方の液体は藍色に変わり、これも同じようにモクモクと煙が出始めた。

瓶の中が煙で満たされるとパリニルは金属で作られたストローを瓶の蓋に突き刺した。

突き刺されたストローからは煙が漏れ始めた。

パリニルは黄色の瓶の方の煙を吸うよう僕に勧めた。

勇気を出して、その煙を吸ってみると目の前が黄色くなり、視界を奪い始めた。

次に甘美な香りが僕の意識を奪いにやって来た。

煙を吐き出すと視界も意識も元に戻りだしたが、煙を吐き終わっても頭がフラフラした。

パリニルは藍色の方も僕に勧めたのだが、僕はあまり好きになれなかったので断った。

何か食べ物は無いのかとパリニルに聞いたところ、こっちの世界には存在しないものだと言った。

食欲、性欲、そしてお金はこの世界に存在しないことを教えてもらった。

理由は必要がないかららしい。

彼らの娯楽は何があるのかを聞いてみると、この煙玉と音楽だけだと言っていた。

なので僕がこっちの世界にいる時の娯楽は音楽ただ一つになってしまった。

パリニルにこの世界と下界とでは時間の進み方が違うのではないかと聞いてみたら、パリニルは目を大きく開き僕を見た。

「シロー。あなたはなんて賢いのでしょうか。この世界に人間長い時間居る事はとても珍しいのですが、その中でもシローは抜群です。時間の話はシローのおっしゃる通りです。大雑把ではありますが、下界の一秒は大体こちらの世界では一年ぐらいの時間だとされています。下界では一秒間に沢山の人がこちらの世界にやってきます。なので、全ての人間を生まれ変わる様にするにはとても時間がかかるため、時間がずらしてあるようです。私がその事に気づいたのはつい最近の事ではありますが・・・。」

「僕みたいな人は何故珍しいの?死んだらここに来るんでしょう?」

「ええ。大体の人間は決められた期間に生き、そして死んでいきます。なので生まれ変わりを用意するのは容易なのです。しかし、シローのような死に方をする人は非常に珍しいので、生きている予定の期間が違って来るのです。なので生まれ変わりをすぐに用意することが出来なかったのです。」

「なるほどつまり僕は生まれ変わりが用意できるまで、かなりの時間を待たないとダメなんだね。」

「ええ。おそらくその通りです。」

パリニルはそう言うと青い方の煙玉を吸い始めた。

パリニルはとても楽しそうに煙を吸っていたのだが、僕があれを吸う事はもう無いだろう。

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2007年9月12日 (水)

turn back (5)

僕は走り続けていたら、街の風景が段々と消えてしまい、気づけばあの白い空間を走っていた。

「・・・あれ?」

いまいち状況が読み取れず、周りを見渡すとパリニルがこちらに走ってきていた。

「シロー。何故走るのですか。」

ぜえぜえと声を切らしながら、パリニルが走ってきた事が面白く、僕はつい笑ってしまった。

「パリニルも走るんだね。」

「ええ。走りますとも。これでも、昔は早かったんですから。」

パリニルは不思議な人だ。

かなり年を取っているはずなのだが、少年の顔をしていて、当たり前かもしれないが人間っぽくない。

そして純粋で、優しい。

彼と一緒に居れば、何もかもを打ち明けてしまいそうになる。

パリニルは荒れていた息を静めるとこう言った。

「私たちの街に行きましょう。」

「街?」

「ええ。街です。私たちもつまらないこの空間は苦手なので・・・。」

そう言うとパリニルは苦笑いをし、歩き出した。

僕は彼らの街が見たかったし、パリニルと話がしたかったので、彼の後をついて行く事にした。

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2007年9月11日 (火)

turn back (4)

僕は玄関のドアを開けようとドアノブにかけようとすると、ドアに触れることなく、そのまま通り抜けてしまった。

「そういうことね・・・。」

僕は軽く苦笑いをして、家の様子を見渡してみると僕が生きていた時となんら変化はなかった。

とりあえず僕の部屋に行ってみようと二階に上がってみると、何か声が聞こえてきた。

その声は僕の部屋の前まで歩いてみたら、それは母親のものだとすぐにわかった。

僕の部屋に入ってみると、薄暗い中で母さんが僕を抱きしめながら泣いていた。

母親は最近増えだした皺がまた増えたのかと思うほど顔をクシャクシャにし、その皺に川でも流れているかのように大量の涙を流していた。

そんな母親の姿を見て、僕は死んだ事に後悔していた。

母親と倒れてる自分を見つめながら、僕はしばらく立ちすくんでいた。

すると、遠くの方で救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

サイレンの音が段々と近づいている事に母親は気づくと立ち上がり、位置を知らせるために外に出て行った。

ここで僕はある異変に気づいた。それは僕が死んでからあまり時間が経っていないことだ。

死んだ世界とこっちの世界では時間の流れ方が全然違うようだ。

しばらくするとサイレンの音が止み、救急隊員が母親と共に僕の部屋にやって来た。

彼らは僕の心臓が動いているかどうかを確かめた後に蘇生法を始めだした。

僕は助かるのは無理だろうと思い・・・いや、分かりながらその行く末を眺めていた。

救急隊員は心臓マッサージを続けていたが、段々と焦りの色が見え出した。

悲しいからもう止めて欲しいと思っていたら、彼らはあきらめたのか手を止めて、僕の母親に深く礼をした後で帰って行った。

しばらく、泣き止んでいた母親は再び泣き出した。

僕は居た堪れない気持ちになり、外へと飛び出した。

外に出るとパリニルは悲しそうな表情をして僕を見ていた。

僕はパリニルの前を走り抜け、行く当てもなく走り続けた。

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2007年9月10日 (月)

turn back (3)

穴の中に飛び込んでみると宇宙のような景色が広がっていた。

落ちてはいるけど、何かおかしい・・・。変だ・・・。

「あっ!」

僕は思わず叫んでしまった。

地球のはるか上空から僕は落ちていた。

真っ白い雲を突き抜けて、僕は地面の近くまで落ちていた。

・・・やばい!

僕は目を思いっきり閉じた瞬間に僕の身体は地面に激しく叩きつけられ、何メートルか跳ね上がった。

そのまま僕はうつ伏せになったまま倒れていた。

・・・痛くない。

なるほど僕は死んでいたのだった。

死んでしまった僕が死んでしまう事に恐怖したことに少し可笑しくなった。

起き上がると目の前にパリニルが立っていた。

「驚きましたか。」

笑いながらパリニルは僕に尋ねてきた。

「うん。いつもこんな感じなのですか。」

「いいえ。あなたは私より先に行ってしまうのですもの・・・。本当はゆっくり落ちていくので・・・。」

「死ななくて良かったよ。」

パリニルは腹を抱えて一通り笑った後に僕にこう言った。

「シロー。あなたはやっぱり頭が良い人です。」

「ありがとう。でも、笑いすぎだよ。」

そう言うとパリニルはまた笑い出した。

僕が落ちたところは僕が住んでいる家の近くだった。

いや、住んでいた家の近くだ。

あまりにも死んだ感覚がないので、思わずそう思ってしまった。

「そういや・・・。」

僕の家のほうへ歩いていたら、パリニルはいきなり真面目な顔をしながら口を開いた。

「私たちがこちらに来た時はルールに従わなければいけません。それは少しも難しいことではありません。生きている人とは会話をしてはいけないということです。」

「死んだ人は生きてる人と会話ができるのですか。」

「普通の状態では私たちの声は聞こえません。しかし、とても近い距離で話してしまうと聞こえてしまうようです。特に伝えたい気持ちが強ければ強いほど・・・。私はその経験はありませんが・・・。」

「それなら、大丈夫だよ。ルールを破ると何が起こるの。」

「生まれ変わることが困難になり、死んだ身体のままでこの下界にずっといることになるでしょう。」

僕たちは気がつくと、僕の家の前まで来ていた。

「私はここで待っています。」

パリニルはそう言いながら立ち止まった。

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2007年9月 9日 (日)

turn back (2)

「ここはどこですか。」

白い服を着た男は私の顔をじっと見た後で僕の問いに答えた。

「新しく命がもらえるまでの待合場のようなものです。まぁ我々は“涅槃”と呼んではいますが・・・」

「僕は死んでしまったのですね。」

「そうです。この場所を訪れた人は必ず私にそう質問します。特にあなたのような若い人はね。」

白い服の男は自分の近くに来るように手招きをし、歩き出しました。

僕は少し慌てて駆け寄り、彼の隣を歩くようにしました。

「申し遅れました。私の名前はパリニル・ヴァーナと申します。」

「僕の・・・。」

僕が名前を名乗ろうとするとパリニルは手で喋らない様に合図した。

「下界の名前はすぐに変わってします。その名前を名乗る必要はもうありません。」

何か寂しい気持ちが心の中に風のように入り込んできた。

僕の存在価値が無くなってしまったかのようだったので、僕は何でも良いから名前で呼んで欲しいと思い、パリニルに何か名前を付けるように頼んでみた。

すると、パリニルは少し上を見上げたかと思うと、人差し指で顎を軽く何回も叩いた後でこう言った。

「シローとはどうでしょう。私たちの言葉で“頭”と云う意味なのですが・・・。あなたはとても頭が良さそうなので・・・。」

「ありがとう。」

僕がそう言うと、パリニルはニコッと笑いながら「どういたしまして。」と言った。

僕はしばらく下界を散策することになった。

パリニルが言う事には僕の死ぬ時間が予定よりもかなり早かったようだ。

僕はいつ生まれ変わる事が出来るかをパリニルに聞いてみたのだが、彼は苦笑いをするだけで答えようとしなかった。

こっちの世界も色々と難しいことも多いようだ。

だから、その事について深く質問することはやめようと思った。

パリニルは急に立ち止まり、地面に円を描き出した。

円を描き出したと同時に円の形のした黒い穴が現れた。

地面に穴が開いたと云うよりも空間に穴が開いたようだった。

「ここから下界に行くことが出来ます。飛び込んでみてください。」

僕は飛び込もうとしようとした時にパリニルは思い出したかのように言いました。

「それと・・・。こちらの人間には下界に行くと幾らかのルールがあります。それは下界に着きましたら、追々説明していきますので。」

僕はその話を聞いた後、すぐにその穴に飛び込んだ。

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2007年9月 8日 (土)

turn back (1)

「僕は本当に死ぬつもりだったのか・・・。」

僕は死んでしまった自分の身体を見つめながら呟いた。

母親が僕の身体にしがみつきながら泣いている。

悲愴感で満たされた部屋の中には美しく吊り下げられたロープが楕円の形を描いていた。

母親はそのロープを憎むような表情で見つめている。

僕は悪い事をしてしまったのだろうか。

僕は死ぬつもりだった。

しかし、死にたいはずの僕は死ぬ事を恐れていた。

少し古ぼけた木の椅子の上に立ち、楕円の形をしたロープの中へ頸を通してみるが、死の恐怖が僕を襲い、何度もやり直した。

僕は部屋の壁にもたれかかり、何度も楕円の形をしたロープを見つめていた。

それはゴッホやピカソたちの描いた絵をまるで鑑賞するかのように。

死にたいと思う気持ちは、いつの間にか僕の中で憧れへと変わっていった。

僕は立ち上がり、もう一度ロープに頸を通してみた。

いや、頸を通したかどうかと云う瞬間に僕の部屋の扉が開いた。

僕は驚き、足を滑らせ、そのまま首を吊ってしまった。

生きている時の記憶では入ってきたのは母親だったかと思う。

僕の首の骨は自分の体重に耐え切れず折れてしまっていたので、すぐに意識が無くなってしまったようだ。

なので、部屋に入ってきたのは母親だった、と思う。

僕が絶命したかしていないかの時、僕は白い色で統一された空間でうつ伏せになり、倒れていた。

あまりにも意識がはっきりとしていたので、死んでしまったのか、死んでいなかったのか、夢なのかがわからなかった。

僕は立ち上がり、ロープに締め付けられたはずの首を触ってみたが、異常だと思うことは何も無かった。

異常なのは白い色で統一されたこの空間だ。

温度があるのか、果たして無いのかもさえわからない。

この空間は「白」というよりも、「無」であった。

無限に続く白い空間を散策することにした。

地面も空を白く包まれているので、歩いていても「歩く」と云う感覚はまるで無かった。

進んでいるかどうかが解らない空間で、僕は歩き続けた。

すると、近くに扉のような存在を見つけた。

扉はただ一枚あるだけで、周りには何も無かった。

恐る恐るその扉を開けてみると、そこにはまた違う空間が広がっていた。

その空間は色とりどりな花々に囲まれた空間だった。

そこに白い服を着た、丸坊主の男が立っていた。

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2007年9月 7日 (金)

雑巾(11)

二十歳を迎えた雑巾は仏道に入ることに決心しました。

それは言うまでもありません。

雑巾が仏道に入り長い年月が経った或る日、雑巾は或る言葉を知りました。

“煩悩即菩薩”

煩悩あれば菩薩あり。煩悩と菩薩は表裏一体。

全ての人が綺麗な心が持てるように。

全ての人の汚れた心を払拭するために。

自らの名前の如く。

雑巾が住持職の位を授かった頃、或る有名な高僧の処に訪ねる機会がありました。

高僧は雑巾の顔を見て、こうおっしゃいました。

「雑巾和尚。強くなりましたね。」

高僧は雑巾の頭にそっと手を置きました。

終わり

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2007年9月 6日 (木)

雑巾(10)

喜之助がそっと扉を開けるとそこにはどうやら二人の人間がいるようでした。

喜之助は松明をその二人に照らしてみると雑巾と和尚の姿でした。

軽やかで華やかな芍薬の香りが漂っている家の中で雑巾の頭にそっと手を置いている和尚の姿を見た喜之助は不思議な感覚に囚われてしまいました。

和尚は外に出ようと喜之助の方に歩み寄ると喜之助はゆっくりと後ずさりをし、家の入り口の前から離れていきました。

入り口に立った和尚はゆらゆらと揺れる松明の明かりに照らされ、和尚の顔は皺が見え隠れしていました。

その皺が見え隠れする顔は、仏と鬼が交互に入れ替わっているようで神妙な表情でありました。

村人たちはその姿を見ると呆気にとられて、喋りだす者はいませんでした。

「用件は何でしょうか。」

荒々しく登場した村人とは打って変わって静かに和尚が喋りだしたので、興奮していた村人たちは静かに喋ることができず口を動かしても言葉になりませんでした。

「夜は更けておりますので、用が無いのであれば帰っていただきましょう。」

「いくぞ」

喜之助は身体を村の方へ向けていいました。

するとぞろぞろと村人たちは村へと帰っていきました。

和尚は村人たちが見えなくなると家のほうへ入っていきました。

「ありがとう。」

雑巾がそう言うと、和尚はにこりと笑顔を返しました。

「強くなるんだぞ。雑巾。」

和尚は再び雑巾の頭に手を置き、ぽんぽんとたたきました。

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2007年9月 5日 (水)

雑巾(9)

和尚と雑巾は黙ったまま、雑巾の家へと歩いていきました。

和尚と雑巾が家に着く頃はもう日が暮れておりました。

雑巾の家はとても小さく、集落からは少し離れていたので、知らない人が見ると古ぼけた小屋のようでした。

雑巾の家があまりにも汚かったので、暗くなると少し不気味な感じでした。

和尚は雑巾を家に入れ、傷口を洗い、近くで咲いていた芍薬の根を磨り潰し、傷口に湿布として貼ってやりました。

和尚は雑巾の傷口を手当していると、他にも治りかけの傷や古傷が身体のあちらこちらにあることに気づきました。

「雑巾。何故何も言わなかった。」

和尚が尋ねても、雑巾は何も言いません。

和尚がどんな質問をしても、雑巾は何も答えようとしませんでした。

しかし、雑巾が急に立ち上がり「奴らがここに来る。」と言い、外に出ようとしました。

「待て。」

和尚はそう言うと雑巾の腕を強く掴みました。

「そうやって逃げてばかりいると、また繰り返すぞ。」

和尚がそう言うと、雑巾の家の周りが少しずつ明るくなってきました。

すると、外から「雑巾!出て来い!」と聞こえてきました。

雑巾はぶるっと身震いをし、和尚に飛びつき、しがみつきました。

和尚は雑巾の頭にそっと手を乗せ、扉の方をじっと見つめました。

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2007年9月 4日 (火)

雑巾(8)

和尚は雑巾と喜之助が喧嘩をしているのを見つけ、止めようとしたのですが、喧嘩はすぐに終わってしまい、止めることが出来ませんでした。

和尚は座り込んでいる雑巾の顔を両手で抱え

「大丈夫か。」

と尋ねたところ、雑巾は黙ったまま地面を見つめていました。

「とりあえず、手当てをするためにお前の家に帰ろう。」

和尚は雑巾の腕を掴み、立ち上がらせました。

「痛むか。」

和尚が雑巾に問うと、何も言わず下を向いていました。

雑巾の目には涙が溢れていました。

それは和尚の優しい言葉か自分の境遇に嘆いているのかわかりません。

ただ、ふたりは寄り添いながら、雑巾の家へと歩いて行きました。

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2007年9月 3日 (月)

雑巾(7)

和尚は高僧に諭してもらったことを雑巾に伝えました。

しかし、そのことを伝えたところで、深く汚された雑巾の心はすぐに綺麗になりませんでした。

高僧がおっしゃられた言葉がすべて解決してくれると考えていた和尚はより一層悩んでしまう結果になってしまいました。

高僧のおっしゃられた“汚れた廊下があれば雑巾で拭きます。その後はどうしますか?”という言葉が和尚の頭の周りをぐるぐると回っておりました。

“洗う”という言葉が正解ならば、“心を洗う”とはどういったことなのだろう・・・。

和尚は心を洗う方法がわからなかったのです。

和尚は心を洗う方法がわからないまま、月日は流れていきました。

月日が経つにつれ、雑巾は人と接する事を嫌い、周りからは煙たがれる人間になってしまいました。

それは雑巾が自分自身を守る術だったのでしょう。

和尚はやりきれない気持ちでいっぱいでした。

そんなある日、和尚はある出来事を目撃してしまいました。

それは雑巾と喜之助が喧嘩をしていたことでした。

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雑巾(6)

「雑巾とは何故生まれるのでしょうか」

高僧は和尚に問いただすと和尚は少し俯いて答えました。

「わかりません。」

「雑巾とは汚れているものを拭くためです。」

和尚は当たり前ではないかと思いましたが、すぐに気づき、顔を上げました。

すると高僧は笑顔をした後におっしゃいました。

「綺麗な布は着物として作られて、着物が生まれ変わり、さらに生まれ変わり、それから捨てられず残った布だけが雑巾へとなれるのです。」

続けて高僧は諭すようにおっしゃいました。

「汚れた廊下があれば雑巾で拭きます。その後はどうしますか?」

「・・・雑巾を洗います。」

高僧は和尚の答えを聞いて、和尚を笑顔で見つめておりました。

「ありがとうございます。」

和尚は深々と頭を下げ、雑巾の所へと走って行きました。

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雑巾(5)

雑巾が少年期に入ると和尚はある異変に気づきました。

雑巾は和尚以外の人間には心が無く、周りからは何を考えているかわからない人間と思われていたのです。

それは「雑巾」という名前が原因なのかはわかりません。

雑巾は周りから虐められていたかもしれません。

でも、和尚はわかりませんでした。

なにせ雑巾はあまり喋ることがないのです。

そんな雑巾が和尚に聞きました。

「何故、僕の名前は雑巾なの。」

和尚は考えても考えても、雑巾への適当な答えを見つけることができませんでした。

「親が付けてくれた唯一の名前です。大切にしなさい。」

それは思いつきで言える精一杯の返答でした。

それから和尚は悩み続けました。

雑巾の名前について。

雑巾への返答した言葉。

答えが何も見つからないまま日々を過ごしておりました。


或る暑い夏の日に大師を名乗ることができる高僧が避暑のために和尚の寺に訪れたときでした。

和尚は雑巾の事を話しました。

杉の下に置かれていたこと、紙の事、それを名前にした事、雑巾への返答の言葉。

高僧はそれを静かに頷きながら、笑顔で聞いておりました。

そして、或る言葉をおっしゃいました。

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雑巾(4)

雑巾が村にやって来たのは雑巾がまだ赤子の時でした。

村で一番大きな一本杉の下に捨てられていました。

捨てられたというより置かれていました。

揺り篭に大事に入られており、紙には「雑巾」とだけ書かれておりました。

雑巾を最初に見つけたのは村の和尚でした。

「雑巾」と書かれた紙を見て一つの疑問が生じておりました。

これは名前なのだろうか。

和尚は名前には心や神が宿ると考えていたので、どういった意味が込められているのだろうかと考えました。

しかし、何も思い当たることが無かったのです。

何せ「雑巾」ですから。

和尚は村の者を集め、誰が赤子を置いていったか、雑巾を名前にするかどうかを決めることにしました。

赤子を置いて行く者を見たものは村にはおりませんでした。

そして、名前を「雑巾」と呼ぶのは良くないとなりましたが、紙に「雑巾」と書かれていたので、それは親が決めた名前かもしれないから「雑巾」にしようということになりました。

しかし、和尚は雑巾を呼ぶときは「キン」と呼んでおりました。

理由は簡単です。

ただ、人の名前を呼ぶのに「雑巾」は相応しくないと思ったからです。

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雑巾(3)

松明の明かりで照らされた雑巾の家はとても明るく、まるで火事にでもなっているかのようでした。

その雰囲気の中、微動だにしない雑巾の家はなかなか不気味なものでした。

「雑巾!家から出て来い!」

村人の誰かが言いました。

しかし、反応はありません。

村人たちは額から汗が吹き出しておりました。

それは松明の熱からくるものなのか、恐怖からくるものかわかりません。

「俺が家に入る」

声を震わせながら喜之助は言いました。

村人たちは一斉に喜之助の方を見て、喜之助の動く様をじっと見ていました。

それは異様な光景でした。

まるで悪魔に出会うかのように、地獄の扉を開けるかのように

村人はとてつもない緊張感の中、喜之助の行く末を見届けておりました。

たかが、一村人である雑巾。

しかし、村人たちにはされど雑巾なのです。

目立たなかった雑巾がいつも何をしているかを知っている村人はいません。

わからないからこそ、恐れも多いのです。

松明のぱちぱちという音だけが静かに聞こえる中、喜之助は静かに扉へと歩み寄り、静かに扉を開けました。

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雑巾(2)

「やい!ボロ雑巾!おめぇに楽しいことはねぇのか!」

と大将肌の村人の喜之助が言いました。

雑巾は何も聞いていないかのように黙々と農作業をしています。

腹を立てた喜之助は雑巾の胸ぐらを掴んで

「俺の言っていることが聞こえないって言うのか!」

「私はあなたの言うことを聞きたいと思うでしょうか」

と雑巾は言い返しました。

「てやんでぃ!」

と喜之助は叫びながら拳を握り雑巾に襲いかかりました。

喜之助が雑巾をいくら殴っても、雑巾は反撃をすることはありませんでした。

雑巾はただ一方的に殴られた後にこう言いました。

「あなたは理由も無く、一時の感情で私を殴ってしまいましたね。」

喜之助は不気味な気分になり、その場を去りました。

喜之助は雑巾との出来事を村人たちに話すと、村人たちは雑巾のところに今夜集まることを決めました。

そして辺りが暗くなると、たくさんの揺れる松明が雑巾の家の方へ近づいていました。

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雑巾(1)

昔、雑巾と呼ばれていた青年がおりました。

その青年は非常に真面目なのですが、人からはあまりに好かれた人間ではありませんでした。

その青年にはあまりこれといった特徴がありませんでした。

人から悪口を言われても、動じることはなく、感情のない笑顔を振舞っておりました。

その青年が20歳を迎える前日に事件が起こったのです。

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