雑巾

2007年9月 7日 (金)

雑巾(11)

二十歳を迎えた雑巾は仏道に入ることに決心しました。

それは言うまでもありません。

雑巾が仏道に入り長い年月が経った或る日、雑巾は或る言葉を知りました。

“煩悩即菩薩”

煩悩あれば菩薩あり。煩悩と菩薩は表裏一体。

全ての人が綺麗な心が持てるように。

全ての人の汚れた心を払拭するために。

自らの名前の如く。

雑巾が住持職の位を授かった頃、或る有名な高僧の処に訪ねる機会がありました。

高僧は雑巾の顔を見て、こうおっしゃいました。

「雑巾和尚。強くなりましたね。」

高僧は雑巾の頭にそっと手を置きました。

終わり

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2007年9月 6日 (木)

雑巾(10)

喜之助がそっと扉を開けるとそこにはどうやら二人の人間がいるようでした。

喜之助は松明をその二人に照らしてみると雑巾と和尚の姿でした。

軽やかで華やかな芍薬の香りが漂っている家の中で雑巾の頭にそっと手を置いている和尚の姿を見た喜之助は不思議な感覚に囚われてしまいました。

和尚は外に出ようと喜之助の方に歩み寄ると喜之助はゆっくりと後ずさりをし、家の入り口の前から離れていきました。

入り口に立った和尚はゆらゆらと揺れる松明の明かりに照らされ、和尚の顔は皺が見え隠れしていました。

その皺が見え隠れする顔は、仏と鬼が交互に入れ替わっているようで神妙な表情でありました。

村人たちはその姿を見ると呆気にとられて、喋りだす者はいませんでした。

「用件は何でしょうか。」

荒々しく登場した村人とは打って変わって静かに和尚が喋りだしたので、興奮していた村人たちは静かに喋ることができず口を動かしても言葉になりませんでした。

「夜は更けておりますので、用が無いのであれば帰っていただきましょう。」

「いくぞ」

喜之助は身体を村の方へ向けていいました。

するとぞろぞろと村人たちは村へと帰っていきました。

和尚は村人たちが見えなくなると家のほうへ入っていきました。

「ありがとう。」

雑巾がそう言うと、和尚はにこりと笑顔を返しました。

「強くなるんだぞ。雑巾。」

和尚は再び雑巾の頭に手を置き、ぽんぽんとたたきました。

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2007年9月 5日 (水)

雑巾(9)

和尚と雑巾は黙ったまま、雑巾の家へと歩いていきました。

和尚と雑巾が家に着く頃はもう日が暮れておりました。

雑巾の家はとても小さく、集落からは少し離れていたので、知らない人が見ると古ぼけた小屋のようでした。

雑巾の家があまりにも汚かったので、暗くなると少し不気味な感じでした。

和尚は雑巾を家に入れ、傷口を洗い、近くで咲いていた芍薬の根を磨り潰し、傷口に湿布として貼ってやりました。

和尚は雑巾の傷口を手当していると、他にも治りかけの傷や古傷が身体のあちらこちらにあることに気づきました。

「雑巾。何故何も言わなかった。」

和尚が尋ねても、雑巾は何も言いません。

和尚がどんな質問をしても、雑巾は何も答えようとしませんでした。

しかし、雑巾が急に立ち上がり「奴らがここに来る。」と言い、外に出ようとしました。

「待て。」

和尚はそう言うと雑巾の腕を強く掴みました。

「そうやって逃げてばかりいると、また繰り返すぞ。」

和尚がそう言うと、雑巾の家の周りが少しずつ明るくなってきました。

すると、外から「雑巾!出て来い!」と聞こえてきました。

雑巾はぶるっと身震いをし、和尚に飛びつき、しがみつきました。

和尚は雑巾の頭にそっと手を乗せ、扉の方をじっと見つめました。

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2007年9月 4日 (火)

雑巾(8)

和尚は雑巾と喜之助が喧嘩をしているのを見つけ、止めようとしたのですが、喧嘩はすぐに終わってしまい、止めることが出来ませんでした。

和尚は座り込んでいる雑巾の顔を両手で抱え

「大丈夫か。」

と尋ねたところ、雑巾は黙ったまま地面を見つめていました。

「とりあえず、手当てをするためにお前の家に帰ろう。」

和尚は雑巾の腕を掴み、立ち上がらせました。

「痛むか。」

和尚が雑巾に問うと、何も言わず下を向いていました。

雑巾の目には涙が溢れていました。

それは和尚の優しい言葉か自分の境遇に嘆いているのかわかりません。

ただ、ふたりは寄り添いながら、雑巾の家へと歩いて行きました。

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2007年9月 3日 (月)

雑巾(7)

和尚は高僧に諭してもらったことを雑巾に伝えました。

しかし、そのことを伝えたところで、深く汚された雑巾の心はすぐに綺麗になりませんでした。

高僧がおっしゃられた言葉がすべて解決してくれると考えていた和尚はより一層悩んでしまう結果になってしまいました。

高僧のおっしゃられた“汚れた廊下があれば雑巾で拭きます。その後はどうしますか?”という言葉が和尚の頭の周りをぐるぐると回っておりました。

“洗う”という言葉が正解ならば、“心を洗う”とはどういったことなのだろう・・・。

和尚は心を洗う方法がわからなかったのです。

和尚は心を洗う方法がわからないまま、月日は流れていきました。

月日が経つにつれ、雑巾は人と接する事を嫌い、周りからは煙たがれる人間になってしまいました。

それは雑巾が自分自身を守る術だったのでしょう。

和尚はやりきれない気持ちでいっぱいでした。

そんなある日、和尚はある出来事を目撃してしまいました。

それは雑巾と喜之助が喧嘩をしていたことでした。

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雑巾(6)

「雑巾とは何故生まれるのでしょうか」

高僧は和尚に問いただすと和尚は少し俯いて答えました。

「わかりません。」

「雑巾とは汚れているものを拭くためです。」

和尚は当たり前ではないかと思いましたが、すぐに気づき、顔を上げました。

すると高僧は笑顔をした後におっしゃいました。

「綺麗な布は着物として作られて、着物が生まれ変わり、さらに生まれ変わり、それから捨てられず残った布だけが雑巾へとなれるのです。」

続けて高僧は諭すようにおっしゃいました。

「汚れた廊下があれば雑巾で拭きます。その後はどうしますか?」

「・・・雑巾を洗います。」

高僧は和尚の答えを聞いて、和尚を笑顔で見つめておりました。

「ありがとうございます。」

和尚は深々と頭を下げ、雑巾の所へと走って行きました。

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雑巾(5)

雑巾が少年期に入ると和尚はある異変に気づきました。

雑巾は和尚以外の人間には心が無く、周りからは何を考えているかわからない人間と思われていたのです。

それは「雑巾」という名前が原因なのかはわかりません。

雑巾は周りから虐められていたかもしれません。

でも、和尚はわかりませんでした。

なにせ雑巾はあまり喋ることがないのです。

そんな雑巾が和尚に聞きました。

「何故、僕の名前は雑巾なの。」

和尚は考えても考えても、雑巾への適当な答えを見つけることができませんでした。

「親が付けてくれた唯一の名前です。大切にしなさい。」

それは思いつきで言える精一杯の返答でした。

それから和尚は悩み続けました。

雑巾の名前について。

雑巾への返答した言葉。

答えが何も見つからないまま日々を過ごしておりました。


或る暑い夏の日に大師を名乗ることができる高僧が避暑のために和尚の寺に訪れたときでした。

和尚は雑巾の事を話しました。

杉の下に置かれていたこと、紙の事、それを名前にした事、雑巾への返答の言葉。

高僧はそれを静かに頷きながら、笑顔で聞いておりました。

そして、或る言葉をおっしゃいました。

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雑巾(4)

雑巾が村にやって来たのは雑巾がまだ赤子の時でした。

村で一番大きな一本杉の下に捨てられていました。

捨てられたというより置かれていました。

揺り篭に大事に入られており、紙には「雑巾」とだけ書かれておりました。

雑巾を最初に見つけたのは村の和尚でした。

「雑巾」と書かれた紙を見て一つの疑問が生じておりました。

これは名前なのだろうか。

和尚は名前には心や神が宿ると考えていたので、どういった意味が込められているのだろうかと考えました。

しかし、何も思い当たることが無かったのです。

何せ「雑巾」ですから。

和尚は村の者を集め、誰が赤子を置いていったか、雑巾を名前にするかどうかを決めることにしました。

赤子を置いて行く者を見たものは村にはおりませんでした。

そして、名前を「雑巾」と呼ぶのは良くないとなりましたが、紙に「雑巾」と書かれていたので、それは親が決めた名前かもしれないから「雑巾」にしようということになりました。

しかし、和尚は雑巾を呼ぶときは「キン」と呼んでおりました。

理由は簡単です。

ただ、人の名前を呼ぶのに「雑巾」は相応しくないと思ったからです。

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雑巾(3)

松明の明かりで照らされた雑巾の家はとても明るく、まるで火事にでもなっているかのようでした。

その雰囲気の中、微動だにしない雑巾の家はなかなか不気味なものでした。

「雑巾!家から出て来い!」

村人の誰かが言いました。

しかし、反応はありません。

村人たちは額から汗が吹き出しておりました。

それは松明の熱からくるものなのか、恐怖からくるものかわかりません。

「俺が家に入る」

声を震わせながら喜之助は言いました。

村人たちは一斉に喜之助の方を見て、喜之助の動く様をじっと見ていました。

それは異様な光景でした。

まるで悪魔に出会うかのように、地獄の扉を開けるかのように

村人はとてつもない緊張感の中、喜之助の行く末を見届けておりました。

たかが、一村人である雑巾。

しかし、村人たちにはされど雑巾なのです。

目立たなかった雑巾がいつも何をしているかを知っている村人はいません。

わからないからこそ、恐れも多いのです。

松明のぱちぱちという音だけが静かに聞こえる中、喜之助は静かに扉へと歩み寄り、静かに扉を開けました。

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雑巾(2)

「やい!ボロ雑巾!おめぇに楽しいことはねぇのか!」

と大将肌の村人の喜之助が言いました。

雑巾は何も聞いていないかのように黙々と農作業をしています。

腹を立てた喜之助は雑巾の胸ぐらを掴んで

「俺の言っていることが聞こえないって言うのか!」

「私はあなたの言うことを聞きたいと思うでしょうか」

と雑巾は言い返しました。

「てやんでぃ!」

と喜之助は叫びながら拳を握り雑巾に襲いかかりました。

喜之助が雑巾をいくら殴っても、雑巾は反撃をすることはありませんでした。

雑巾はただ一方的に殴られた後にこう言いました。

「あなたは理由も無く、一時の感情で私を殴ってしまいましたね。」

喜之助は不気味な気分になり、その場を去りました。

喜之助は雑巾との出来事を村人たちに話すと、村人たちは雑巾のところに今夜集まることを決めました。

そして辺りが暗くなると、たくさんの揺れる松明が雑巾の家の方へ近づいていました。

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雑巾(1)

昔、雑巾と呼ばれていた青年がおりました。

その青年は非常に真面目なのですが、人からはあまりに好かれた人間ではありませんでした。

その青年にはあまりこれといった特徴がありませんでした。

人から悪口を言われても、動じることはなく、感情のない笑顔を振舞っておりました。

その青年が20歳を迎える前日に事件が起こったのです。

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