分福茶釜

2007年11月12日 (月)

分福茶釜 (6)

茂一は茶釜を運んでいた。それはとても大きく、大量の水を沸かすことも可能でしょう。茂一はひたすら、冬も近い季節に似合わぬ日焼け顔を汗で濡らしながら、運んでいた。茶釜といえば、当たり前のようにおとなしく、身動き一つもしなかった。当たり前のように。

茂林寺に着くまでに茂一は何度も休憩を取った。季節に似合わぬ日焼けをした茂一の顔は大量の汗で滲んでいた。その姿を見た人間は季節を疑ったであろう。休憩をしている時に茂一は茶釜に「大丈夫か。」と何度も聞いていた、そう言われると毎度、茶釜は静かに縦に揺れた。「そうかそうか。」と、茂一は軽く頷くと、陽射しで熱くなった茶釜を担ぎ、寺を目指し歩き続けた。

昼前に出発した茂一たちは、茂林寺に着く頃には汗も乾く夕方になっていた。寺に着くと、茂一は小僧に「和尚に会いたいのだが。」と、茶釜を地面に下ろした。「ただいま。」と、小僧は小走りに和尚を呼びに言った。小僧の姿が見えなくなると、茂一はふぅと肩から息をし、汗を拭った。

少しの時間もかからずに和尚はやって来た。どうやら、茶釜の姿を目にしたのでしょうか、顔は微笑んでいるかのようでした。

「用件はその・・・。」と、和尚は茶釜に目をやった。

「ええ。引き取っていただけますか。」

「引き取りますとも。引き取りますとも。ありがとうございます。」と、和尚は深々と礼をし、茶釜を手に取った。

茂一は手を合わせ、何かを要求するのがさぞ恥ずかしそうに、手を何度もさすった。その姿に何かを察した和尚は小僧に何やら耳打ちをすると、またもや小僧は小走りでどこかに行ってしまった。しばらくすると、小僧は何かでいっぱいになった袋を持って、小走りに戻ってくると和尚にそれを渡し、さらにそれは和尚から茂一へと渡った。

袋の中身を確認した茂一はにやりと軽く笑い、足早に寺を後にした。その帰っていく姿は寺を訪れる時とは違い、とても寒そうに帰っていった。それはそれはとても寒そうに。

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2007年10月 7日 (日)

分福茶釜 (5)

狸は目を覚ますと、夜はまだ明けておらず、空気はどんよりと静かで冷たくもありました。茂一は囲炉裏の近くで布団に丸まり、まだ寝ておりました。囲炉裏の中の薪は力なく燃えており、茂一はいかにも寒そうに何度も布団の中に潜り込み、寝返りとは言えぬ寝返りをしておりました。そんな姿を見た狸は器用に薪をくわえて、囲炉裏の中に放り投げました。火は息を吹き返したかのように燃えだすと、狸は囲炉裏のそばに座り、静かにその様子を見ておりました。空気が段々と温まってくると、先ほどまで布団に丸まって寝ていた茂一は力の入れ方を忘れたかのようにすやすやと眠り始めました。

狸はいつでも逃げる事が出来る状況であるにもかかわらず、逃げようとしませんでした。むしろ、このままずっと居たいと思うほどでした。人間との関わりを絶っていた狸は人間の優しさに触れ、少なからず考えが変わったのでしょう。

しかし、狸が思っているように事は運びませんでした。太陽が午の時刻を指す頃に茂一はもそもそと起き上がり、飯の仕度をし始めました。茂一は飯の仕度をしながらまるで思い出したかのように「茶釜の話」をし始めてました。

話はこうです。和尚は大きな茶釜を欲しがっていて、それの為なら和尚は大金を出す。狸が大きな茶釜に変化し寺に行きさえすれば、茂一はお金を手にする事ができると。その話をした後、茂一は狸をおもむろに見つめ「できるか。」と聞きました。狸は小さく頷き「仰せの通りに。」とだけ言いました。気のせいか狸の目頭は少し濡れているかのようでした。「良し。」茂一はそう言うと、にやにやと薄ら笑いをしながら、再び飯の仕度に取り掛かりました。狸の様子など見ることも無く。

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2007年10月 2日 (火)

分福茶釜 (4)

狸は茂一と一緒に居ることが次第に心地良く思うようになっていた。狸はずっと孤独な生活をし、人間を恐れていたのですが、自分が殺されない事が分かると、あたかも自分が新しい境地に一歩踏み出したかのようで何とも言えない興奮が狸自身を心地良くさせたのでしょう。

茂一は料理したものを器二つに取り分け、狸に食べる様に勧めました。勧められたと同時に狸は思いのほか自分の腹が空いている事に気づき、笑顔で頷きました。狸がいつものように貪りながら食べていると、茂一は「行儀良く食べないと狸鍋にするぞ。」と微笑みながら言いました。狸は『狸鍋』という言葉に鋭く反応したのか少し驚いた表情をしたのですが、茂一の笑顔で恐怖感というものはすぐに払拭されたかのようでした。しかし、狸はまるで父の言いつけを守るように行儀良く食べました。いや、行儀良くというより行儀良さそうに食べました。口で直接食べるのでは無く、器用に前足を使い、口に運びました。それは爪で引っ掛けたのかどうかは分からないのですが、我々人間から見ると、狸はとても行儀良く見えたのです。

狸はご飯を食べ終わる、だんだんと眠気が襲ってきました。狸は元々夜行性の動物なのですが、色々なことが起こったので相当疲れていたのでしょう。狸は気づけば寝てしまいました。

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2007年9月30日 (日)

分福茶釜 (3)

茂一は狸を引き連れ家に帰る途中、村人たちがこんな会話をしているのを耳にした。

「青竜山にある茂林寺の和尚は物好きでの。大きな大きな茶釜を探しとるそうじゃ。」

「そうか。またそれはなして茶釜なんじゃ?」

「おうおう。それはの。なんでも寺の小僧たちが近頃増えおって、茶を飲むには寺にある茶釜ではてんで足りんそうじゃ。での、大きければ大きいほど金は出すと言ったそうじゃ。」

「それはそれは。小僧らのために茶釜を探しとるとは、なんとええ和尚じゃ。」

茂一は彼のみすぼらしい家に着くとあたりはもう暗闇に包まれていた。茂一は家の中に入ると、狸の縄を解いてやり、囲炉裏の中にある火種に大割りにした薪を放り込んだ。先ほどまで息を切らしているような音を出していた火種は薪に火を移し、まるで生き返ったようにたちまちぼうぼうと燃え始めた。茂一は手馴れたように火箸で積み重なった薪を平らにし、火を抑え、天井から吊りさげられた鉤を用いて鍋を吊り下げた。鍋の中にはすでに水が入れてあり、鍋が揺れた拍子に水が僅かにこぼれ、水は燃え盛る薪に当たりじゅうと音をたてた。茂一は鍋の中に芋や近くで取れた山菜を入れると座り込み、火箸で丁寧に火の加減を調節した。茂一は時々薄ら笑いをしてみせたが、火に照らされたその顔は何かと不気味ではあった。それがもし不気味でなかったにせよ、その表情は少なくとも狸には生きた心地をさせなかっただろう。

狸はしばらく、ぐつぐつ煮えたぎる鍋の様子をずっと見つめていた。すると、弓矢のように走り出し、鍋の中に飛び込もうとした。それを見た茂一は慌てて狸を取り押さえた。

「手前は死ぬ覚悟が出来て御座います故、どうか手前を早く殺して下さい。」

「待て待て。殺すつもりはさらさらない。狸鍋にでもなると思うたか。」

ばたばたと、もがいていた狸は次第に落ち着きを取り戻すと、茂一はまた定位置に戻り、また同じように火の様子をうかがっていた。狸はもぞもぞと情けなさそうに座ると、茂一は馬鹿笑いをしはじめた。狸はそれを横目で見ながら、より小さくなってとみせると、それはまた随分情けなさそうになった。そんな狸ではあったが、どうやら狸の表情は安堵しているかのようだった。時折、茂一は思い出したかのように笑ったが、狸も同じように、それはどこか恥ずかしそうではあるが、笑ってみせた。

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2007年9月25日 (火)

分福茶釜 (2)

紅葉が地面を覆いつくし、もう幾日もすれば雪でも降ろうとしているこの季節、ある青年は山道を歩いておりました。青年の名は茂一と言い、彼は古鉄を売ることで生計を立てておりました。彼は土地を持っておらず、決して裕福な暮らしをしているわけではありません。この季節になると冬眠の準備をした、丸々と脂肪を蓄えた野生の動物を料理することが唯一彼の楽しみでありました。

紅葉の葉は高くなった空の光に照らされて、綺麗な朱色に染められておりました。その光景は太陽の光で明るくなっているのか、紅葉たちによって明るくなっているのか分からないほどでした。しかし、そんな中で茂一は紅葉に目もくれず、仕掛けた罠に野生動物でもかかってないかと必死で探しておりました。するとそこには狸が罠にかかっているではありませんか。しめしめと茂一は狸に歩み寄りました。

「この狸を味噌で炊いたら、さぞ旨かろう。」茂一はそう呟きながら、狸の後ろ足に噛み付いた罠を外そうとしました。罠を外そうと狸に触れた瞬間、さすが野生の狸と言うべきでしょうか、狸は目を覚まし、逃げようと暴れだしたのです。しかし、逃げようと暴れれば暴れるほど狸に噛み付いた罠はきつく締まり、狸は声にならぬ声を発しておりました。

それに驚いた茂一は尻餅をつき、立ち上がると「畜生の分際でまだ生きようと言うのか。」と叫びました。すると、狸は暴れるの止めて、こう言いました。

「手前は畜生で御座いますが、まだ死にとう御座いません。」

茂一は狸が喋りだしたので、細い目を丸くし、顎を緩めながら狸に話しかけました。

「お前は人の言葉を操ることができるのか。まさか、物の怪ではあるまいな。」

「いえ、手前は狸の中でも化けることの出来る狸で御座います。それ故に言葉を操ることは容易いもので御座います。」

「そうか。では、犬でも化けてみせることが出来たならば、生かすことも考えてやろう。」

狸は小さく頷くと飛び上がりました。すると、霧のような白い煙が狸の体を覆い隠しました。煙が晴れると狸は犬に変わっているではありませんか。

茂一は口を開いたまま、しばらく驚きを隠すことは出来ませんでした。そして、「これは幾分か金を稼げるやもしれぬぞ。」と思い、狸にこう言いました。

「俺の指図を聞くことを条件に生かしてやろう。もしも、それが嫌であれば狸鍋にでもなるのだな。」

「いいえ、手前はまだ死にとう御座いません故、どんな指図でも受ける次第で御座います。」

茂一は「よし。」と言いながら、動物を捕らえるために用意していた縄で、犬に化けている狸の首をつなぎ、罠から開放させてあげました。そして、茂一は自分の家へ狸を連れて帰りました。

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2007年9月22日 (土)

分福茶釜 (1)

むかし、むかし、それは大むかし。ある人里離れた山奥に一匹の狸がおりました。その狸は何にでも化けることが出来る特技を持っておりました。

狸が化けるとはよくある話ではありますが、遡る事、鎌倉時代に、あの『かちかち山』で有名な凶悪な狸が、家事を手伝うと老婆を騙し、その後殴り殺し、それだけではなくその凶悪な狸は老婆に化け、老人に老婆の肉を煮た料理を「狸汁」と偽り食べさせた事から、狸は人間から忌み嫌われ、化けることの出来る狸はこの時にほとんど殺されてしまいました。

この物語の狸はその中でも生き残った、若しくは最後の一匹だったかもしれません。その狸は小さき時から「人間に捕まれば、殺される。」、「人間とは悪魔の化身なり」などと親から教えられていたので、人間の住む場所には決して近づく事はありませんでした。

人間たちは己らの欲によって、木をなぎ倒し、自然破壊を繰り返していたので、狸の住む事が可能な土地は極々僅かとなってしまいました。それでも狸は人間に見つからないように努力をしておりましたが、年々山にある食料が少なくなっていましたので、狸はとても腹を空かしておりました。

そんな時に狸の大好物である柿が一つ地面に落ちているではありませんか。狸は柿を見るや否や一目散に走り出し、その柿をくわえました。すると、鋭い歯の形をした罠が狸に襲いかかりました。その鋭い歯状の、鉄でできた入れ歯のような罠が狸の左足首に喰らいつきました。狸からはおびただしい血液が噴出し、激痛のあまり、狸は気絶してしまいました。

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