父 (2)
父と私が最後に会話したのは私の誕生日から1週間ほど経った春の日であった。私の家の近くに小学校があったのだが、その日はそこの桜がとても綺麗だったことは今でも鮮明に目に焼きついている。
母方の叔父は腹膜透析患者であり、仕事が出来る体ではなく、祖父母の家で養生していた。その叔父が私の誕生日前後に病状が悪化し、急遽入院し、手術することが決まった。その時、父から珍しく電話がかかって来た。父は「今、家の近くにいるが、家に行きづらいので小学校の近くまで来てくれないか。」と私に言った。私は急いで靴を履き、全速力で小学校まで走った。
父は小学校前に車を停車させ、私を待っていた。父の磨き上げられた黒い車には桜の花びらが沢山付いていた。それを見た私は父がこの場所で家に行こうかどうかをかなり悩んでいたのだろうと悟った。父は私が近くにやってきたのを確認すると、ドア開け、車から降りた。久しぶりに見た父の顔は痩せ細っており、髪も寝起きのように整えられておらず、無精髭を生やしていた。私の知る父はいつも身なりには気を使っていた。父は髪は必ず整え、髭を剃り、風呂の湯にはユーカリの香油を入れる程だった。そんな父が髪を乱し、無精髭が生えている姿をしていることが、私にとって非常に辛かった。
父は後部座席からバックを取り、三百万ほどの金を私に手渡した。「叔父さんの手術の足しにでもしてくれ。」父はそう言うと足早に帰ろうとした。私は何も言わず、父の背広を掴み、離さなかった。いや、離したくなかった。父は振り向き、私の頭に手を乗せ「聡。強くなれよ。」と言い、頭を軽く二回ほど叩いた。私は涙を目にとどめる事はもう不可能になっていた。それを見た父は私を抱き寄せ「すまん。」と一言かけた。それから父はそっと私から離れると、車のエンジンをかけ、走り去っていった。私は桜の花びらが舞い落ちる中、立ち尽くした。そして、涙はより勢いを増しながら流れ落ちた。皮肉にもその時の桜はいつもより綺麗だった。
この日を境に父からの連絡はまったく来なくなった。私は父を恨んだ。しかし、年月が経つにつれ、私は父の記憶が薄れていくのを感じた。そして、恨みも薄くなってた。私は自己防衛的に父を忘れようとしたのかもしれない。が、『父と別れた日』の記憶だけが鮮明になっていくような気がする。
終わり
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